autobiography # 021 コーヒーその後

  いつぞや、コーヒー通であるかのごとき言辞を吐いたけれども、こんなヤツのいうことをウカツに信用するものではない。私にとって、ロイヤルホストのよいところは何杯でもコーヒーのおかわりがロハであることで、しかもあのクッキーセットなどを注文しては、「うんマズい」などと御満悦なのである。休日などに2時間でも、3時間でも読書していても全然文句も言われず、大して混みもしない麻生ロイヤルホストは偉大である。少々携帯に向かって罵声をあげるオヤジがいるが、こんなものは想像力にすこし馬力をかければ消えさってしまう。

  高校生のころ、和歌山にたった一軒あったファミリーレストラン、フレンドリーで文化祭のクラス演劇の打ち上げをやったことがあった。理由は大きな場所と机・椅子があること、および、会費300円で宴が可能であったことである。ここらへんが高校生のアサハカさで実は放課後の教室を使用すれば同じ300円でさらに豪華になった可能性もあったのだが。まあいい、金はないがお出かけはしたかったのだろう。

  ところがその際、カレーなど御賞味なさっているオバサンの隣でうっかりとかなりの声量で尾籠な話題を展開してしまい、憤然とした彼女から、


「アンタらねえ、ウンコ食べてるときカレーのはなし、せんとって。」

とお叱言を頂戴してしまった。ごめんなさい。

  それはさておき、何杯でもおかわりOKのはずのフレンドリーだが3杯を越えるあたりからウェイトレスさんが近寄らなくなり、10杯目には厨房までいって要求せざるを得なくなってしまった。われわれはどうも、歓迎できない客になってしまったようである。すごすごと退散する少年・少女たちであった。ごめんなさい。

  こうした痛苦な経験をもつファミレスであるが、ここ麻生ロイヤルホストは違う。5杯でも6杯でもにこやかにバイト姉さんがサーバーをもってきてくれる。問題はコーヒーの味がまるでなってないことだが。何、わたしとて日曜にこそ豆なんぞをガリガリ挽いちゃいるが平日はUCCの特売粉末、498円/600gである。あまつさえ二番煎じまでしてしまう。番茶ではない。コーヒーの二番煎じである。一度使ったガラと紙フィルターの上からお湯をかけてしまうのである。しかも、これもそう悪くはない、ゼイタクは敵だ、などと思っているのだからタカがしれている。

  ところで食通というものは雑誌やなんかのグルメ記事には自分の本当のお気に入りは書かないものだそうである。その記事のために客がおしかけたりすると店が必要以上に忙しくなってしまい、仕事が荒れてしまうのだそうである。そんなわけでいま現在ヒイキの店をここに書くのはちょっと気が置かれるのだが、まあ、札幌人で、かつこれを読み、かつ喫茶ファンのひとなどそう多くはなかろうとてとっておきの店について書く。

  場所は旧道庁前、毎日新聞ビル一階である。この店、コーヒー360円ケーキ200〜260円と喫茶店としては普通、あるいはやや安いくらいなのだが、ロイヤルと違ってスポーツ新聞と婦人雑誌も完備してある。当然ながら毎日新聞もである。完璧な喫茶である。さらに十分なサイズと傾斜角を備えたやや低めの椅子、ほどほどのサイズのテーブルを備えている。完璧な喫茶である。椅子には人造レザーのつるつるのやつと赤いベルベットのやつがある。完璧な喫茶である。あとはカレーライスのライスがアーモンド型に盛ってあって、魔法のランプみたいなカレールー容器ならなお完璧なのだがそれはない。

  問題はケーキセットである。400円である。これはおトクである。ケーキ代40円ということになる。ところがさらにスゴイのは17:00以降、および土曜日には360円なのである。なんとロハである。あまつさえ、コーヒーなどとらずとも豚丼 をとろうとソースヤキソバだろうと、高菜ピラフだろうと、もれなくケーキつきなのである。豚丼とおしんこ、味噌汁と伴に運ばれてくるミルフィーユなのであった。あるいは味噌汁とヤキソバの湯気にためらいがちな姿をゆらめかせる苺ショートというのも優美である。

  しかし、いかにおトクであろうともケーキそのものに実力がなければ、二束三文の安物の誹謗中傷は免れない。ところがこれは違う。もの凄いふっくらケーキなのである。近頃の根性無しケーキはどれもさっくりとミニフォークの一撃で細分化されるものだが、こいつは違う。そんなもので、お皿すれすれまで押し込もうとも、フォークを離せば元通りである。なんという弾力性、柔能(よ)く剛を制すとはまさにこのことである。これは昔のパン屋のケーキというもの。かつて、巷間のパン屋にその栄華を極めたものだが、いまや稀少品となったアレである。辛うじてスーパーの特売ロールケーキにその残滓を停めているに過ぎない。あの懐しの味わいがここにある。

  このケーキ、もちろんミニフォークと共に供されるわけであるけれど、上述の理由により、そんな小道具の通用する相手ではない。パン屋のケーキと対等にわたりあう方法は素手しかない。これは現在30歳を越えるものなら誰しも覚えがあろう以下の手順による。

  1. 両手をあわせ、天帝に向かって「いただきます」と宣言する。
  2. 片手ないしは両手にブツを構える
  3. 破砕物の散乱に備えて前傾姿勢をとり、さらにその速やかかつ確実な回収をめざして直下に皿をうける。
  4. 開いた口蓋に適量のブツをおさめ、前歯でもって噛み切る。
  5. 奥歯でもって完璧に咀嚼する。
  6. この運動を数度にわたって、繰り返す。
  7. 小皿を斜め45°に傾斜させて破砕物を口蓋中に収める。
  8. その際、皿を過度に傾けたり、揺すぶっては気管に破砕物をいれるという悲劇にみまわれるので慎重を期する。
  9. 口中の遺物をコーヒーでもって洗い流す。
  10. 両手をあわせ「ごちそうさま」と唱える。

  さて本題のコーヒーのほうであるが、並の並といったところである。致し方なし。


(註)豚 丼
御飯に豚の生姜焼を乗せただけのもの。北海道では結構メジャー。帯広をはじめ道内各所に名店あり。しかし、非道民にはすすめない。

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2002/10/8