おなまえ
micmic -------- メッセージ
p68というのは第2章の最後の部分で、 「プロレタリア階級は、その政治的支配を利用して、ブルジョア階級から次第にすべての資本を奪い、すべての生産用具を国家の手に… 一、土地所有を収奪し、地代を国家支出に振り向ける。 二、強度の累進税 三、相続権の廃止 …」というところです。 でもって、例の先生の授業では、例の「ブルジョアの国家機能をプロレタリアートが自分のために使うことはできない」というのは講義の前段の、「社会主義政党や共産党が政権についたところで国家予算をブルジョアジーの銀行や企業のために使わざるを得ない」「国家そのものの階級性」という内容に対応しているわけか。 ここらへんは多分、イタリアやフランスの共産党政権とか、ドイツの社会民主党政権とか、ちょっと出自は違うがイギリスの労働党政権がイメージされているのだろうね。 で、「共産党宣言」の問題として、p68の目標を達成すべき政治力を行使する体制の不在があげられているわけね。それに対するひとつの解はレーニンの「全ての権力をソビエトへ」だったということになるのだろうけれど、ソビエト連邦崩壊後のわれわれとしては、権力という怪物が成長するとき、権力を集中したソビエトがどういう姿をとったかってはなしになるのかな。これをスターリンというひとりの人物を悪者にして、そこに全て帰着させてしまっては科学としての政治学とはいえないわな。 スターリンは生まれたての、危機にあったソビエト連邦という国家をどうにか守りきった英雄にはちがいないしな。それはレーニンやトロツキー、ジノヴィエフやカーメネフではできなかったことにちがいない。もちろん血塗られた英雄ではある。けれど、あそこで即時世界革命に固執していてはソビエトはたちまち瓦解していたろう、一国社会主義革命という大発明が必要だったのだろうと思うのな。でもそのことの負の遺産も大きかったのだろうけれど。 やっぱダメだな、これじゃただの臆見だ。スターリンについては田中克彦やE.H.カーの著作におまかせするわ。おれはマルクスやエンゲルス、レーニンを読んでいていちばんヤなのは他人様を悪しざまにコキくだすところなんだよな。そりゃ、マチガイもあるだろ、考えの足りぬところもあるだろが、あの調子でボロクソにこきくだしていけば親分とイエスマンしか残らないような気がする。これから、同様の「誤謬」があったとして、おれは確実に9999人のほうだろうと思うよ。どうでもいいけど、レーニンの著作ってなんでこんなイヤみったらしいんだろ。 「…アナキストに対してのみ発言されたわけではない…、自由な人民の国家のためには日和見主義をゆるすわけにはいかない…」とでもいえば済むことだろうにあえて自分たちが卓越したエリートであることを強調しやがって。そうだろうよ、一万人のうち9999人はそんなことも知らないバカモノだろうよ。これが時代の雰囲気ってヤツかねえ。あーヤダヤダ。すいません、たぶんおれなんかよりレーニンのほうが6.0*10^23倍くらい正しいのだろうな、きっと。そりゃそーだと。 英雄ではない、天才でもない、欠点や足りないところのいっぱいあるふつうのひとのふつうの力を無理な統一なしにゆるやかに結集することってできないのかな。ぼくがフリーソフトウェア運動に見たいのはそういうとこなんだよな。勿論そこには政治体制のはなしや階級のはなしはなくて、ごく限定されたオモチャのなかでの事件なんだけど。
日付Fri Jun 21 23:28:21 2002